高金利政策

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金融政策

ポール・ボルカー:インフレと闘ったFRB議長

1970年代後半、アメリカ経済は深刻な不況と物価上昇の悪循環に陥っていました。これは「スタグフレーション」と呼ばれる、景気後退と物価上昇が同時に進行する現象で、国民生活は圧迫されていました。第一次石油危機の影響もあり、あらゆる物価が上昇する一方で、経済は低迷し、失業率も高い状態が続いていました。こうした経済の混迷の中、1979年、ジミー・カーター大統領はポール・ボルカーを連邦準備制度理事会(FRB)議長に任命しました。FRBはアメリカの金融政策をつかさどる機関であり、議長はその最高責任者です。ボルカー議長は、物価上昇を抑えることを最優先課題と位置づけました。そして、金融政策の大胆な転換という形で、実行に移していったのです。
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ボルカー・ショック:アメリカのインフレ退治と経済への影響

1970年代のアメリカは、まさに経済の迷宮に迷い込んだかのようでした。好景気と不況を繰り返す経済循環が完全に崩れ、不況にもかかわらず物価が上昇し続けるという、それまでの常識では考えられない現象に陥っていたのです。この未曾有の経済状況は、「スタグフレーション」と名付けられました。不況を表す「スタグネーション」と、インフレーションを組み合わせた言葉です。スタグフレーションの主な原因は、2度のオイルショックでした。中東情勢の緊迫化により原油価格が急騰し、アメリカ経済は大打撃を受けました。原油高騰の影響は、あらゆる産業に波及しました。製造コストが上昇し、企業は商品価格に転嫁せざるを得なくなりました。その結果、物価は上昇し続け、人々の生活を圧迫しました。さらに、ベトナム戦争の長期化も経済状況を悪化させました。巨額の戦費が財政を圧迫し、インフレに拍車をかけたのです。スタグフレーションは、アメリカの経済政策の転換点となりました。政府は、従来の需要拡大政策ではなく、インフレ抑制を最優先課題とする政策へと舵を切ることになったのです。
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